『桜花の誓い』番外   逢瀬

 

 

「春様、お客様ですよ~」
 薬草の畑仕事をしていた春隆に、手伝いに来ていた子らが声をかけた。春隆が振り返ると、そこには直士郎が立っていた。すぐに春隆の表情が、この春の日差しのように、ほろりとほころぶ。手伝いの子らに
「今日はもうおしまいだ。明日までに習った文字を覚えておいで」
 そう声をかけると、子らはバラバラと帰っていった。直士郎は薬草部屋に案内されると、すぐに戸を閉め、春隆の背後から抱きすくめる、
「手伝いの子らか?」
「はい、私が片腕の水くみで難儀しているのを見て、手伝いに来てくれるようになりました。その礼に、読み書きを少し教えております」
「手習いを? 右手は動くようになったのか?」
 耳元でささやきながら、春隆の右腕をさすり始めた。
「子らに文字を教えるくらいならば、左手でもできますから」
 答えが終わらないうちに、春隆の襟のあわせから、直士郎の大きな手が忍び込んできた。春隆の肌を堪能する間も惜しむように、あわただしく着物を肩から滑らせると、その白い肌に唇を押し付ける。
「まだ……、日が高ぅございます……、んん」
「一刻だけ時間が空いた。次はいつ会えるかもわからぬ!」
 そう言うと、性急に春隆を抱きしめた。決して逃がさぬという意思が、春隆をからめとってゆく。春隆のほうも時が限られていると知ると、自分から接吻を求めるように背後を向き、唇を解いた。すぐに直士郎の腕の中で向き合いになると、再び抱きしめられる。唇も熱く押し塞がれる。互いの舌が戯れる蝶のように、蠢きだす。
「んん……、んん~~~~」
 直士郎に翻弄され、春隆の甘い声が漏れ始める。時を惜しんでいる間はない。周辺地域のきな臭い情勢によっては、命の危険さえある直士郎だ。今、共にあるこの時を大事にしなくては、『次』はわからない。春隆は左腕を直士郎の背に回した。彼の着物を握りしめ、縋りつくように、さらなる愛撫を求める。肩をまさぐっていた直士郎の指が、春隆の首筋を伝い、頬を押し包んだ。わずかに唇が離れ、世界で一番近くにある瞳を見つめあう。
「愛おしすぎて……、たまらぬ」
 しずかに言葉を落とすと、春隆の着物をはだけさせ、腕から引き抜こうとする。だが春隆はそれに抗ってしまう。背中の大きな傷を見られることを嫌がっているのだろうか……。直士郎はそう思い、無理強いすることなく春隆を横たえさせ、おおいかぶさると
「藤七郎……に、戻れ」
 春隆の元服前の名で呼ぶ。以前、その名は欲情すると言っていた。藤七
郎の腿に当たっているモノがクッと硬化する。藤七郎はうるんだ黒い瞳で
うなずくと、彼の耳に唇を押しあて、小さな声で『兄上様』とささやいた。
とたんに下肢へと手を伸ばした直士郎が、藤七郎の若竹を愛撫し始める。
「兄上……、そのような指使いは……」
「嫌いではあるまい?」
 その言葉に藤七郎は甘えるように直士郎の肩に顔をうずめた。直士郎の
指が藤七郎にさらに甘く絡みつく。ほどけた唇から甘い吐息が漏れる。
「春様~~、もう一人、お客人でございます」
「春隆、腹痛の薬草が切れてしまったのだ、こちらに在庫はあるか?」
 安斎の声に跳ね上がった藤七郎は、大慌てて乱された着物を整え始める。代わりに直士郎が戸を開けると
「しばし、待て」
 薬草館をたずねた安斎は、その人物と言葉ですべてを察し、ため息をついた。部屋に戻った直士郎が、着替えを手伝い、まだ頬を染めたままの春隆が姿を現した。悟っている安斎の瞳に、藤七郎が視線をそむける。
「私は早く薬草を持ち帰りたいのだ。続きは後でやれ」
 そう言うと、春隆は部屋から腹痛の薬草を持ってくる。
「あと傷薬と二日酔いの薬が減っておる。薬研で砕いておくように」
 安斎は来たときと同じく、風のように去っていった。
「勃ったままであろう。治療してやる。来い」
 手伝いの子供らは、初めて見た熱っぽい顔の春隆に驚いた表情を向ける。
そんな子らを後目に、直士郎は藤七郎の手を取り、素早く部屋へ入ると、
大急ぎで部屋の戸を閉めたのであった