俺は、あいつの腕時計を強引にとり外すと、スーツのポケットにしまいこんだ。

 

「返せよ。もう時間だ。フライトに間に合わなくなるだろ」

 

 そう言いながら手を出す。だが俺は返す気はない。こいつになにも言わせないまま、オランダに行かせる気はないのだ。このまま渡航させたら、2年半は戻ってこない。その間、じっと待つだけなんて耐えられそうにないんだ。

 

『KLM237便の搭乗を開始いたします』

 

 アナウンスが流れた。

 

「ほら、時計!」

 

 返さない俺に、不機嫌そうに言う。

 

「まだ駄目だ」

 

「なぜ!?」

 

「だって、まだ聞いてないじゃないか。おまえからの愛の告白……」

 

 一瞬、唇が引き結ばれた。

 

「昨日……あんなに愛し合っただろう……」

 

「それは身体同士の告白だ。言葉では、まだ聞いていない」

 

 一つ、ため息を突くと

 

「2年半だ。待ってろ」

 

「愛してる、は?」

 

「……。好きだ」

 

 いつも仕事中は無表情なこいつらしくなく、真っ赤になりながら、小さな声でその大切な一言を落とす。その可愛らしさに、つい頬にキスをしてしまった。

 

ますます真っ赤になって慌てている彼に、俺はポケットから取り出した腕時計を渡す。だがその時計は、さっきまで彼が身につけていた時計とは違う。驚く彼に

 

「おまえの時計は、俺が預かる。それは俺からのエンゲージリングだと思え! あっちで浮気したら許さんぞ!」

 

 そう言った俺に片手だけ挙げて宣誓すると、搭乗口へと歩きはじめた。

 

俺はそんな後姿を見送りながら、

 

(来月には会いに行ってやる)と、心ひそかに企画していたのだった。